料理とは伝熱工学である

伝熱工学の眼で料理を考えると本当に面白い。

鍋ひとつ取っても、例えば火力によって鍋内面の熱的境界条件が変わるし、火力が同じでも鍋の材質が違えば境界条件も変わる。おそらく銅鍋とかは、温度分布が小さく、均一に加熱できるので、等熱流束条件よりも等温条件に近くなるのかもしれない。ただし、鍋底面と鉛直面では内容物に対する伝熱モードが違うし(自然対流の影響が違う)、内容物に触れていない部分も存在するので、等温とは言い切れないと思う。

鍋の中身が焦げるボーダラインは、鍋・中身界面の温度によって決まる。所与の条件が同じ場合、鍋内面の熱伝達率が小さいほど焦げやすい。鍋内における鍋~内容物間の伝熱は、何もしない場合、自然対流熱伝達が支配的だから、粘性の高い流体(カレーとか)は焦げやすい。絶えずかき混ぜてやれば、伝熱モードは強制対流熱伝達となり、鍋内容物の温度勾配が解消され、鍋底の温度は上がらず、焦げない。

電子レンジの画期的なところは、食材外面に熱的境界条件を設定する形で加熱するのではなく、物体の内部発熱によって加熱すること。つまり、理想的には温度勾配が生じず、投入エネルギ分の発熱を食材に遍く行き渡らせることができる。外面からの放熱を考えれば、むしろ内部のほうが温度が高くなる可能性もあるので、外部を断熱する、あるいは外部からの加熱も行う(熱湯に浸すなど)ことで、ほぼ均一に食材を加熱することができ、いわゆる「火の通り」が非常に速くなると考えられる。

焼き物を焦がさず美味しく作りたければ、あらかじめ電子レンジによる内部発熱によって内部の温度を上げ、「火を通し」ておいた上で、外面を高温にしてほどよい焦げ目を付けるといいのでは。いくら分厚い食材でも、これなら焦がさずに焼けると思う。電子レンジとオーブン加熱併用のモードがあるようなオーブンレンジは、まさにこういう方式で、時短調理を実現している。

料理は、温度や熱の伝わりがタンパク質の変質によって可視化されているので、伝熱工学としてますます面白い。鰹のたたきや、レアステーキなどは、その最たるもので、加熱時にタンパク質の変質温度に達した部分が見た目ではっきりわかる。物体の初期温度によって、同じ境界条件で加熱を行っても、内部への温度伝導には差が出るので、ユッケの殺菌加熱などもうまくやれば結構コントロールできるかもしれない。

軽くでいいので伝熱を勉強すれば、料理がほんとうに楽しくなると思う。